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最初の頃はMの自動車工場やNECのテレビ工場建設のファイナンス、その昔のカリフォルニアーファーストーB(当時の東京銀行子会社、現在のUーBーオブーカリフォルニア)の初の劣後債発行、丸紅のヘレナ化学の買収、Rの子会社であるEの、日本のハイテク企業米国子会社としては初の株式公開、等々極めて多岐にわたる取引を行い、私にとっては米国の企業金融全般を学ぶ機会となった。
GS自身の劣後ローン(一般債務に対し返済順位が後になる債務)の邦銀からの調達も重要な仕事で、期間10年のローンを数億ドル調達した。
その一つがS銀行で、GSの損益計算書を見て、その収益力に驚愕した同行は、やがてスペシャルーリミTーパートナー(特別有限責任株主)として5億ドル投資することになった。
私はそんな企業金融全般を行ったあと、やがて不動産部に移ることになり、日本の生保、不動産会社、事業会社などへの不動産の売却、邦銀からの商業不動産向けローンの調達、日米双方の不動産会社との住宅開発合弁プロジェクトの設立やGS自身の参加など、約70億ドルにのぼる不動産業務に専念した時期が続いた。
商業不動産の証券化という今日本で流行の話題も、80年代後半の米国で、私は当初私募形式の債券を邦銀支店に販売することから始め、銀行保証付きのコM・ぺ1パー、ユーロ債へと徐々に発展させ市場を作っていった。
今の日本の状況と比べると、約15年早く米国の商業用不動産証券化市場は形成されたし、邦銀の在米支店は当時この市場の形成に極めて重要な役割を果たした。
S銀行、MB信託銀行などは当時トリプルAの格付けを持っていて、米国での新しいビジネスの開発に熱心で、時代の最先端を走っていたし、その保証状と融資力は、米国不動産業界にとっては大いに使いでがあった。
が、現在私はもう不動産業務はまったくと言っていいほど扱っていない。
今後も手がけることはないだろうと思い、米国の公認不動産ディーラーの免許も前回更新時に返上してしまった。
5億ドルの不動産を売却し、手数料を稼ぐことよりも、500万ドルの資金を新しい医療機器の開発のために調達してくることの方に、今の私はより大きな生き甲斐を感じる。
バイオテクノロジーや医療機器については、上記の通りで私はまったくの門外漢だった。
しかしBはHB法律大学院を出たニューヨーク州弁護士であったものの、父親が医者で、また家業で小さな薬品会社を経営していたこともあり、門前の小僧程度の知識は持ち合わせていた。
同様にJはノートルダム大学の法律大学院を出たカリフォルニア州弁護士であったが、父親がピョンヤンにいた頃薬剤師をしていたということで、これまた門前の小僧程度の知識は持っていた。
我々が蓄積した専門知識はその後の勉強で修得したものであり、あらゆるコンファレンスなどに参加して学ぶとともに、関係企業とのコネクション作りを始めた。
分からないことは分かっている人に聞く。
これしか無知を解決する方法はない。
我々いわゆる文科系出身の3人に対して、BBとNは違う。
BBはHBでバイオロジーを学び、エール大学の医学部の出身。
NはD大学の医学部を出て医師となり、さらにカリフォルニア大学サン・フランシスコ校で博士号を取得、S大学病院で実際に執刀医を務めていた専門家中の専門家である。
この二人の参加によって、当社の医療関係のビジネスの力は格段に強化された。
日本の金融機関に、手術台に横たわる患者に実際に手術をしたことのある元医者という経歴の人が一人でもいるのだろうかと、日本から来た医療機器輸入会社の人と話したことがある。
「おそらくいないだろう」、という結論になった。
Nは米国でも例外である。
いくら転職が盛んなアメリカでも、元お医者様の投資銀行家というのは、私は彼のほかは一人しか知らない。
冒頭で述べたようにこのチームで、太平洋を跨ぎ、大西洋を跨ぎ、Gーテクノロジー・アービトラージを進めている。
庶民の使い勝手のいい銀行を人にとって健康の次に大事なものはお金の問題。
我々が特に興味をもっているのは、一般の人々のお金の問題である。
日本の銀行はもともと政府が肝いりで創った第一から始まるナンバー付きの銀行や、M、S、MBのような財閥の資金調達機関、東京銀行のような専門銀行と、いずれも国家の政策執行か財閥の機関銀行として設立された歴史を持つ。
したがって米国の、たとえばBーオブーアメリカのように、預金者が株主となり発展してきたような銀行がない。
SW銀行がかつて「ピープルズーB」を標榜したが、これも「みどり会」という産業グループを形成している。
要は銀行が庶民から低コストの資金を集め、産業政策という名の資金配分政策を実行し、いわば「借人人のための銀行」として成長し行動してきたということである。
銀行は借人人の株主にもなった。
銀行は借入人のための金融機関と化し、お金を預けている庶民のための金融機関であるという意識が希薄なことから、役員を出している企業の不良債権をきちっと回収しないのである。
もう少し噛み砕いて言うと、日本には一般庶民がお金を預けることと、簡単にお金を借りることの、両方ができる、言わば「あたりまえ」の銀行がない。
お金を預ける方はいいのだが、借りるとなると、銀行がその預金で集めたお金を貸し付けている、消費者金融会社や信販、クレジットーカード会社に行かなければならないのである。
銀行はこれらの金融会社に貸して鞘を抜き、また金融会社はその上にまた鞘を乗せる。
このような状況を見ていて、私はもっともっと日本の金融産業を庶民のために改革できないかと考えた。
理想を言えば、庶民がお金を預けることもできるし、借りることもできるという「あたりまえの銀行」を創ることである。
私はこのテーマにチャレンジするためには、銀行ではなく、消費者金融会社の方から入っていった。
銀行は自他ともに認める官僚主義の固まりであり、新しいことをするためには何せ無駄にしなければならない時間が多すぎる。
加えて何をするにも金融監督庁という「お上」が介入してくる。
これに対して消費者金融会社の方は押しなべて、オーナー企業であるから、オーナーがやると言えばそれで仕事ができる。
彼らはこれまでむしろ行政と戦い抜いてきた強者である。
私がまず手がけたのは、消費者金融の資金調達の改革である。
1999年にノンB社債法案が通るまで、彼らは不特定多数の投資家から資金を調達する社債の発行が禁止され、資金調達は銀行を中心とする金融機関からの借り入れに限られていた。
私はこれを何とか打ち壊したかった。
銀行よりも消費者金融会社の方がはるかに財務内容がいいのに、市場からの直接資金調達が規制されていて、わざわざ財務内容の悪い銀行を通して借りなければならない。
こんな馬鹿げた規制はない。
そこで1998年の春、私は友人の紹介を得て、業界リーダーである武富士に行き、米国市場での保険会社からの「借り入れ」を提案した。
米国ではローンも社債の一種類に過ぎない。
米国での実質私募債の発行を日本の法律上ではローンの形態に合わせて行うことを提案したのである。
「不特定多数からの募集」が禁止されているので、「特定少数」からの募集にした。
契約書はすべて社債ではなく、借入契約書の形式にした。
手形も作成した。
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